小論文を論述する場合は、分析メモやアウトラインを設計図としてすぐに執筆に取り掛かることができます。今後はテーマごとに柔軟な発想(視点や切り口)で自問自答し、その方向性を吟味しながら分析を進めていくことで、あなたらしさの備わった説得力のある論述ができるようになるのではないかと期待しています.

小論文がすらすら書ける

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小論文で様々なテーマに取り組んでいく上で、常に問題意識を持って物事を見つめていく姿勢が大切です.これ以外にもテーマの問題点はないだろうかと広い視野で考え、思いついたことを全てメモに書き出すようにしてみましょう.メモを取る習慣が、今後において、よりよい方向に自分の意見を見つけていく上での出発点になるのです。アウトライン化の段階では、重要だと思われる項目だけを選択することになりますが、メモに書き留めることで見落としを防ぐことができますし、あなたなりの新しい発見へとつなげていきやすくもなるでしょう.

小論文頻出テーマ『日本とアジアの関係』についての考察の一例 その3


 
 小論文の課題で「日本とアジアの関係」は非常に大きなテーマです。同時に、何か確実な事実を積み重ねて論じるといった方法が通じにくいテーマでもあります。あなたが「書きにくかった」と感じるのであれば、全くそのとおりだと思います。その「扱いにくさ」、「問題の曖昧さ」こそに「アジアという語の捉え方」の本質が潜んでいると考えられるのです。最後に「アジア」という語の語源について載せておきますので、参考までに。

「設問の要求に、忠実に答えられているか」が大変重要です。
たとえばひとつ目の要求が、「日本人が」アジアという語をどのような意味で使っているか、

ふたつ目の要求が、「日本がアジアの一員である」と言われることについてどう考えるか(つまり「あなたが」)であるとしましょう。

 前者が「日本人が」どう考えているかに対して、後者は「自分自身が」どう考えるかですから、視点が異なります。あなたが論述する際には、この部分の切り替えが必要になってきます。「アジア」という語の曖昧さに振り回されるきらいがありますので、論述の目的は明確に意識しておく必要がありました。具体的には、

・ 日本人は「アジア」という語を……という意味で使っていると私は考える。
・ 「日本はアジアの一員である」と言われることについて、私は……と考える。

これらふたつが論述の中に明確に見えなければならない、ということになります。

* 論述にあたって、事実誤認も避けたい要素と言えるでしょう。
 論述の本質は知識に頼ったものではありませんが、事実と異なる、もしくは実際そうであるか疑問である、といった要素が論述に含まれることは避けたいところです。以下の問いを提示したいと思います。考慮してみてください。

問 アジアは、アメリカやヨーロッパに比べて地域の交流が少ないというのは本当ですか?

 シルクロードは一方通行でしたか? 日本の古墳、雅楽の楽器、多種多様な日本人の顔は何を表していますか? 多角的に検討してみましょう。

問 他のアジア諸国にはない「特別意識」が日本人にあるとすれば、どのようなものでしょうか? またそういった意識があるとすれば、どういった経緯でそうなってのでしょうか?

 「アジア」という語について。
 実は、「アジア」という語は、そこに住む人々自らのものではないようです。元々、ギリシア人がギリシアの東方を指して用いた語が語源になっていると言われており、そういう意味ではエジプトや中東を指す「オリエント」とニュアンスが似ています。つまりヨーロッパ人の先祖であるギリシア人、ひいては西洋人からみた「外国」・「よそ」・「他」を指す漠然とした言葉、「東を十把一絡げにした」語なのです。ですから、例えば明確な境界線のようなものを見出そうとするのは、元々無理な話なのかもしれませんね。シルクロードを通り、遠い旅をして行かなければならなかった中国をはじめ、そこがあたかも地の果てであったような古い時代の「ヨーロッパ流の価値観」が込められた語であるとも言えるでしょう。この語にはそのような背景があるようです。当の「多くの東洋人」からすれば、言わば「お仕着せ」的な要素を持つこの語の中に、敢えてアイデンティティを見出すことなど果たして可能なのか、という疑問も生じますが、それはさて置き、「語の起こり」を考えるのも興味深いことだと言えるでしょう。

 また、「日本はアジアの一員と言われることについてどう思うか」という設問について、日本人の意識、心理面からも日本とアジアとの関わりを分析してみましょう。「アジアの一員であることに違和感がある」のは、どうしてだと思いますか? 日本は明治の頃より「脱亜入欧」(福沢諭吉)のスローガンを掲げて西欧文化の輸入に努めるとともに、封建的な古い制度や因襲を「アジア的」として排除にも努めてきた歴史がありましたね。その意識の裏には、西欧崇拝主義が根強くありました。さらに、戦時中の日本がアジア諸国を植民地として支配してきたことが、日本とアジア諸国間との関係にさまざまな影響をもたらしてきました。最近の日本と中国や韓国などとの関係は、物資の輸出入などの市場経済的な視点から見ると、日米間とそれほど差がないまでになってはいますが、いまだ日本は世界有数の経済大国である、という優越感(別格意識)が、他のアジア諸国に対して持っているのではないか、と推測されると思います。そうすると、これからの世界情勢の流れの中で、次第に勢力を伸ばしつつあるアジア勢力に対する日本の立場は、どのように変化していくと考えますか? また、どのような意識改革をする必要があると思いますか? これらの視点からも、あなたが主張することの意味を考えてみてください。そうすると、日本と「アジア」の関係がどうあるべきかが見えてくるのではないでしょうか。

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